2007年03月06日

中国 歴史

中国の歴史をこの小さなスペースで語るのは無理なのは皆さんもよくご存知であろう。
ここでは近代中国の歴史を中心として記述していきたい。

中国の歴史の祖といえば、「北京原人」というイメージがあるが、北京原人は今の人類の祖ではないと現在言われている。
中国の歴史の始まりは「黄河文明」(紀元前7000〜5000?)と言われている。続いて長江文明と続き、本当の中国の歴史へと入って行く。
先秦時代(春秋戦国時代)(紀元前1000年ころ)、秦漢帝国(紀元前200年ころ)、魏晋南北朝時代(200〜300年ころ)、隋唐帝国(600〜900)、五代十国・宋(900〜1300)、
と、走り抜けて来てしまったが、ここで、チンギスハーン率いるモンゴル帝国に支配される。(1279)これが、中国が外敵に支配される初めての経験とも言える。

明時代(1388〜1644)、と清時代(1644〜)へとまた中国は自国に支配を取り戻す。
しかし、1840年のアヘン戦争でのイギリス、1894年の日本との日清戦争などにより世界の列強に不平等条約などを結ばされ、実質中国は半植民地時代に入る。
ちなみにこの日清戦争後の下関条約(1895)で韓国は李氏朝鮮の独立を果たす(!?)

辛亥革命(1911)が蜂起し、孫文によって中華民国が樹立(1912)。ラストエンペラー溥儀(宣統帝)が退位し、清国は完全に滅亡する。

「中華民国」が樹立はしたものの、広大な国土の中国は漢人主体で設立された中華民国とモンゴル、チベット間で国際的地位の確立を目指すこととなる。
しかし、辛亥革命によって成立した中華民国が、革命派以外の立憲派や北洋軍閥勢力をもとりこむものとなると、清の領域をそのままに、中華民国政府は中央政府としてモンゴル、チベットを国土内の一地方として位置づけるようになった。

1913年ころから袁世凱が台頭するが帝政失意の内に1916に没する。
次に台頭して来たのが1919年〜上海で孫文が中国国民党を結成する。
同じくして1921年には中国共産党が成立する。

1925年、国民革命軍が正式に発足され、国民党は蒋介石を指導者として軍事的な革命路線を推し進めることとなった。

○抗日戦争(1931年〜1937年)
張作霖が日本軍に爆殺されたあとをついだ張学良は国民革命を支持しており、自身の支配していた中国東北地方を国民政府へ合流させた。これに反発したのが日本軍で、1931年満州事変へと突入して行く。

○日中戦争(1937年〜1945年)
1937年には、盧溝橋事件を契機に、日本軍が中国本土に進出し、中華民国と全面戦争に入った(日中戦争)。これに対し、蒋介石は当初日本との戦いよりも中国共産党との戦いを優先していたが、西安事件により、二つの党が協力して日本と戦うことになった。(第二次国共合作)

結局、1945年8月ポツダム宣言の受諾とともに日本が無条件降伏することで終結した。
国民党政府は連合国の1国として大きな地位を占めていたこともあり、戦勝国として有利な立場を有することとなり、日本だけでなくヨーロッパ諸国も租界を返還するなど、中国の半植民地化は一応の終わりを見せた。

しかし国民党と共産党との対立が激化して国共内戦が勃発し、結果としてアメリカからの支援が減った国民党に対して、ソビエトからの支援を受けていた中国共産党が勝利し、1949年10月1日に毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言した。

内戦に敗れた国民党率いる中華民国政府は台湾島に撤退し、現在に至るまで中国共産党率いる中華人民共和国と”中国を代表する正統な政府”の地位を争っている。

中国まるごと百科事典「中国の歴史」年表など
 http://www.allchinainfo.com/history/
posted by 欧米か! at 14:21| 中国 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。